大寒-北京B級グルメ(2019年1月20日 晴れ (最高気温 5℃、最低気温 -7℃)
暦の上では、1年で一番寒い「大寒」になりました。
寒い1日ですので、昨年は東来順、一昨年は聚宝源と2年に亘り羊肉のシャブシャブを紹介してきました。今年は多少趣向を変えまして、『北京B級グルメ』と題して、北京の庶民が大好きな食べ物を店と共に紹介します。なお、取り上げる料理と店は、すべて筆者の独断と偏見ですので、あらかじめご了承ください。
【牛街の老誠伊】
牛街(ぎゅうがい)にやってきました。大好きな街です。回教徒が集まるこの街に来て、まず目に飛び込んでくるのは、緑地に金色や白色のアラビア語が書かれた看板です。道には、色とりどりの帽子をかぶった男女が歩いています。中国であって、中国でないようなところで、漢族の圧倒的な渦のなかにあっても、少数民族が自らのスタイルを守って何百年も暮らしているのです(『2017年5月5日立夏(牛街、回教徒の街)』『2017年5月21日小満(牛街清真寺)』を参照)。
牛街の地理の上でも、そして彼らの生活の上でも中心である牛街清真寺と大通りを挟んでほぼ真向かいに老誠伊(ろうせいい)があります。ここで出しているのが、最初のB級グルメ=羊のサソリ鍋です。
【羊のサソリ鍋。手に持っているのが羊のサソリこと背骨】
「羊のサソリ」とは中国語標記(羊蝎子)の直訳です。これは羊の背骨のことで、それが細長い体に沢山の脚を出しているサソリの姿に似ていることから、こう呼ばれるようになりました。そのサソリをぶつ切りにして鍋に放り込み煮るのです。店では、時間をかけてじっくり煮たものが、ステンレスの鍋に盛られて提供されます。目の前で再び火をいれて、ぐつぐつと煮立ちましたら食べごろ、骨の周りの肉を食べ、中の髄液をしゃぶるのです。
この料理は中国北方地方で300年以上の昔から伝えられてきたものだそうです。骨をわしづかみしてしゃぶりつくという野蛮なものですが、その野蛮さゆえに人間の本性を取り戻すことができるものともいえます。
【面を伸ばす店員】
北京には、羊のサソリ鍋を提供する専門店が沢山あります。しかし、牛街にあって、尚且つ北京の人なら誰でも知っている有名店といえば、この老誠伊ほかありません。煮るだけという単純な料理ですが、薬草など様々なものが入っている(と思いますが確認したわけではありません…)スープは、羊や血の臭みを消し、肉の美味しさを際立たせます。この店では、一般的な「羊のサソリ」(背骨)のほかに、肋骨、尾などの部位毎の鍋を楽しむことができ、さらにこれらの部位が全部入った「全家福(すべての家の家族全員に福が有る)」という欲張り鍋もメニューにあります。
【店内はとても清潔で、羊の嫌な臭いもありません】
これまで2回に亘り紹介してきました羊肉のシャブシャブがA級グルメとしたら、シャブシャブやその他の料理では使えない骨の部分を工夫して食べるという羊のサソリ鍋はまさにB級グルメの代表選手です。今回注文した欲張り鍋「全家福」の中鍋(3~4人前)は165元(約2,640円)と、金額的にも庶民に優しいものです。
【若者の街、簋街。昼は人通りが少ないですが、夜は不夜城に変わります】
続いて、若者の街、簋街(きがい)に来ました。
牛街は旧城内の西南にありますが、簋街はその反対の東北方向にあります。昔は鬼街といったそうですが、さすがに鬼では聞こえが悪いということで、1980年代後半に同じ発音の簋(き)という字を当てたそうです。そのため、この場所で簋が出土したとか、作られていたとかといった由緒があるわけではありません。ちなみに、簋は「祖先神に供える穀物を盛る祭器」(新漢語林)という意味です。改革開放の流れに乗って、この街には150軒以上のレストランが軒を連ね、夜ともなれば若者がひしめきあい、ネオンのまばゆい光は朝まで消えることがありません。
【麻辣(しびれる辛さ)のザリガニ】
いま、この街で一番の話題となっているのがザリガニです。サソリ、ザリガニとゲテモノが続いて恐縮ですが、これぞB級グルメと大きな気持ちでお付き合い願います。さて、ザリガニは日本ではあまり食べませんが、中国では全土で食べます。そのなかで、「麻辣(しびれる辛さ)のザリガニ」という調理法がこの簋街で確立され、一世を風靡しているのです。
【胡大飯館】
特に、胡大飯館は有名で、1999年に操業し、ザリガニによって、いまでは簋街だけで3~4店舗、市内全域で数店舗を持つまでに急成長を遂げています。ある記事では、このグループだけで1日平均8万匹のザリガニを販売しているとのことです。
中国では、魚などの海鮮を注文するときは「1斤(500g)いくら」というのが一般的ですが、ザリガニは1匹いくらと注文します。この店では、ザリガニの大きさにより5、10、15元(約80、160、240円)などと1匹の価格が分かれています。それに人数を合わせて10匹、20匹と注文していくのです。
【店員がザリガニの食べ方を教えてくれました】
高温の油が気化するときの芳ばしい音と香りとともに、ザリガニが運ばれて来ました。日本では考えられない大量の油のなかには、大切りなとうがらしやいろいろな香辛料が入っています。そのなかを泳いできたザリガニは表面がつやつやと輝いています。
備え付けのビニールの手袋をはめ、殻をくずしてなかの身を食べます。ほどよい辛さの肉は、とても美味しいものですが、ほんの一切れといった程度しかありません。わたしなどは2~3匹を2~3分で食べて、面倒くさくてやめてしまいました。しかし、いまどきの中国の若者は、この面倒くささが逆に良いのか、身の肉ばかりでなく、はさみの肉などもくずしてすすって食べます。ゆっくりおしゃべりしながら時間をかけて食べるのがトレンドなのだそうです。
【什刹海の烤肉季】
最後は什刹海(じゅうさつかい)です。北京砂漠のなかで、水がある場所というのは、心が落ち着くものです。什刹海の一つ前海の目の前に店を構えるのが「烤肉季」(こうにくき)です。
この店は、清朝道光28年(1848年)の創業ですから、170年以上の歴史をもつ老舗です。当初はちゃんとした店の名前がありましたが、「季さん(創業者)の烤肉屋」とみなが呼ぶために、いつしかこの名前になったそうです。ちなみに、烤は「火であぶる」(新漢語林)という意味です。
【大鍋で羊肉を焼く職人】
上の写真のとおり、店の2階には大鍋が置かれ、今でも薪で火をおこしています。注文が入るたびに、ここで職人が羊肉を焼くのです。大鍋は平らではなく、湾曲しています。これは大量の肉を早く均一に焼くために、わざと湾曲させているとのことです。
この大鍋、3階にもあります。3階は個室になっていて、6~7名以上の団体であれば、自分達で肉を焼いて、立ちながら食べる(これを『武吃』という)ことができます。
【烤肉季の焼肉と羊肉の串焼き】
羊の焼肉はさっぱりしていて、脂っこさがまったくありません。お腹が空いていれば、何皿でもかきこむことができそうです。また、羊肉の串焼きはとても有名で、これだけを買って店の外で食べることもできます。
烤肉季は什刹海という小さな湖に囲まれ、店の後ろは煙袋斜街といい、土産物屋が軒を連ねています。北京に駐在して4年半、場所柄がよく、また、料理が安くて美味しいために、幾度となく使わせていただきました。思いで深い店です。
【銀錠橋から冬の後海を眺める】
文・写真=北京事務所 谷崎 秀樹
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