啓蟄-北京のシェアリング自転車 (2018年3月6日 曇り 最高気温 6℃、最低気温 -3℃)
昨日から北京では、日本の国会に当たる全国人民代表大会が開かれています。今回の一番のテーマは中国憲法の修正と言われています。しかし、会場である人民大会堂の周辺では、主要道路が一時的に通行止めになったり、ホテルやレストランが営業を制限されるなど、庶民にとっては迷惑な話でもあります。
さて、今年は日中平和友好条約締結40周年です。
40年前の北京といえば、天安門をバックに人民服を着たおびただしい数の人たちが自転車に乗っている光景を覚えている方も多いと思います。その頃、自転車は唯一の移動手段で、なお且つ、工業能力が低く生産量に限りがあり、今の車以上に入手が難しかったため、一種のステータスシンボルになっていました。そのため、日本では出前が使うような重くがっちりした自転車を誰もがみな、舐めるようにぴかぴかに磨き上げていました。
【北京-通州間自動車専用道路 大望路付近】
それが、私が北京に駐在をはじめた2014年5月には、道を走っているのは車、車、車だけで、自転車はほとんど見かけなくなりました。訳を聞くと、「自転車は買っても直ぐに盗られてしまうから、誰も乗らいない」というのです。
それがそれが、今では市内のどこに行っても自転車だらけになりました。昨年1年間で、シェアリング自転車が急成長を遂げたのです。
まさに、「盗まれるから乗らない」のではなくて、「どうぞ自由に盗んで(乗り捨てて)ください」という逆転の発想です。
【自転車が多くて有名な八王墳バス亭付近】
「mobike」と「ofo」という二つの企業が、この業界を席巻しています。現在、中国ではシェアリング自転車の企業が77社、自転車が2,300万台、ユーザーは4億人に達しています(2018年2月7日交通部の記者発表)。そのうち、トップ2社はそれぞれ1,000万台以上自転車を保有しているため、この2社だけで90%近くを占めています。
【地下鉄棗営駅付近。オレンジ色と銀色の自転車が「mobike」】
「mobike」の創業者は、今年36歳(1982年生まれ)になる胡 瑋煒(こ いい)という女性です。写真を見た限りですが、知的な美しい方です。浙江省生まれの彼女は地元の大学を出て、10年間、自動車担当記者などの仕事に就いていました。ある日、帰省して、観光地である杭州でレンタル自転車を使おうとしたところ、管理小屋には誰もいず、借りることができませんでした。この小さな経験が逆転の発想を生んだのです。
【黄色の「ofo」に乗る女性】
一方の「ofo」は、北京大学卒業生4人が起業したものです。北京大学は中国の1、2を争う最高学府で、その構内は日本の大学とは比べものにならないほど広く、学生は移動に困っていました。この学生の不便を解決したいという気持ちが逆転の発想を生んだのです。この4人の創業者は今年まだ27歳前後の若者ですが、しかし、みな男です。
【「mobike」と「ofo」の共倒れ】
オレンジ色と銀色の「mobike」、黄色に統一された「ofo」、二つとも2016年9月1日から北京で正式に営業を始めました。
お恥ずかしい話ですが、北京で暮らしていながら、自転車が出はじめた一昨年は全く気付きませんでした。というか、関心が全く無かったというのが正直のところです。それが、昨年(2017年)の春ごろから、中国人同士や果てや駐在員までが、「あれは便利だ」とあちこちで話題がでるようになり、あれよあれよという間に、オレンジや黄ばかりなく、青、白、赤などカラフルな自転車が増えていきました。
【「ofo」の自転車回収車。40台ほど山積みしていました】
利用の仕方を簡単に紹介します。利用者は使用する会社を選び、名前やIDナンバー(外国人はパスポートナンバー)などを登録し、デポジットを支払えば利用することができます。デポジットは会社によって異なりますが200~300元(約3,400~5,100円)です。使用料は、当初1ヵ月間無料などいろいろなキャンペーンを打って、各社は顧客獲得に躍起になっていましたが、今は落ち着いたようです。「mobike」を例にとると(どうも女性経営者の魅力には勝てません)、30分間で使用料は1元(約17円)、1ヵ月乗り放題(定期のようなもの)が20元(約340円)です。これら一連の登録と支払いは全て携帯の操作で簡単に済むため、若者を中心に爆発的にヒットしました。
【道路標識が自転車と一緒に横倒しになっていました】
シェアリング自転車を巡っては、乱雑な放置、破壊、盗難などいろいろな問題が表面化しました。北京市内でも、至るところに自転車が置かれ、埃をかぶっていたり、死体同然に横になっているものも多く見かけます。我々日本人から見ると、「邪魔でしょうがない、さっさと片づけるべきだ」と思います。
さすがに、北京市政府もこれではいけないと分かったのでしょうか、2017年9月、シェアリング自転車の新規設置を禁止しました。この時点で自転車は235万台に達していましたが、この措置により、4ヵ月で15万台減り、今は220万台になったと言っています(2018年1月28日 青年報)。
【自転車で占領された歩道を歩く男性】
しかし、まだ220万台も有るのです。日本人の感覚では、ちょっとついていけません。注意してみると、乱雑に、しかも大量に放置された自転車があっても、街ゆく人たちはほとんど気にしていません。中国の友人に聞いても、「なにも感じない」といいます。
この点が中国人は現実的で、即物的であるといわれる民族性を表していると思います。物に囲まれた空間こそ、彼らにとって心地の良い世界なのかもしれません。物の数は多ければ多いほどいいのです。
【彼女は山積みの自転車のなかから1台やっと引き出して乗りました】
これまで8社が倒産し、10億元(約170億円)以上のデポジットが返金不能になり、また、シェアリング自転車の業務単体ではどの企業も黒字を計上していないなど、人々を不安にさせる問題も発生しています。
しかし、シェアリング自転車は手軽で便利であることは疑いようもなく、そのうえ、中国人の物に囲まれたいという心理的肯定もあるために、今後77社がどのように淘汰、統合されるか分かりませんが、業界としては成長していくはずです。同時に、20~30歳台の若い起業家でもプロジェクトさえ良ければ、日本円に換算して数億~数百億円といった巨額の融資を得ることができること、ビックデータをはじめとする通信関連のインフラが柔軟に整備されることなど、今の中国の成長を知るヒントがこのなかには隠されていると思います。
文・写真=北京事務所 谷崎 秀樹
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