冬至-燕郊と雄安新区(2018年12月22日 曇り 最高気温 8℃、最低気温 -6℃)
今回は北京に隣接する河北省(日本の「県」に相当)の二つの地区-燕郊と雄安新区を紹介します。
まず、燕郊は「北京であって、北京でない」というなぞなぞのようなところで、「大変なことになっている」と聞いて行ってきました。
北京は、アメーバが口を開けたような恰好をしています。例えが悪くて、北京の皆さん、すみません。
北京の北方-懐柔、延慶といった山林地帯がアメーバの不恰好な頭とすれば、西側(昌平、門頭溝)は尾の部分、南側(房山、大興)は平べったい体に当たります。東側の密雲と平谷が目と鼻とすれば、その下の通州は口を広げた喉元に当たります。その喉の奥、喉仏に当たるところが北京の中心です。(え、アメーバに喉仏があるかどうかって?……知りません……)。
このアメーバの口の中、完全に飲み込まれているところが燕郊です。距離にすれば北京の中心から東にわずか30数㎞。名前にしても、燕は昔の北京の別称でしたので、燕郊はまさしく「北京の郊外」という意味です。しかし、燕郊は河北省に属し、正式名称は「河北省三河市燕郊鎮」といいます。鎮は日本語に直せば「村」ですから、燕郊村となります。燕郊と向かいの通州との間には、潮白河という川が流れています。この川が北京と河北の境界となり、燕郊を「北京であって、北京でない」村にさせているのです。
上の表をご覧下さい。北京のマンションの高騰振りが分かっていただけると思います。北京の中心はいうに及ばず、第四、第五環状線沿線でも、日本的な言い方では「億ション」で、普通のサラリーマンでは到底買えない値段になっています。
注1:北京は故宮を中心にして、昔の城壁の跡が第二環状線となり、都市の拡大に合わせて、第三~第六環状線まで完成。更に第七環状線が河北省に広がって建設中。
注2:中国と日本ではマンション面積の計算方法が異なる。中国では公共部分を含めるために、中国で100㎡といっても実質住居面積は約75㎡となる。
注3:この表は、北京の人たちに聞いて作ったマンション価格のイメージで、具体的なデータなどに基づくものではない。
【通州の新都心に建設された北京市の行政機関】
一方、燕郊が格段に安いことも分かります。北京の最高価格である第二、第三環状線沿線に比べて5分の1、第六環状線沿線に比べても半値という安さです。そのうえ、先ほど述べたように北京の中心から30数kmと距離的に近く、更には、燕郊の対岸、目と鼻の先の通州には新都心の建設が進み、今月末からは北京市政府の行政機関が順次転入する予定です。
【これも通州に新しく造られた政府の建物。オープン前のためか、建物の中心のエンブレムは赤いカバーに覆われていた】
こんなに立地条件が良くて、価格が安いのであれば、誰でも買おうと思うのは当然です。特に、中国人はマンションを投機対象とみなしているために、燕郊に対する注目がいっぺんに高まりました。
【燕郊に建つ高層マンション】
のどかな農村であった燕郊村に、高層マンションが忽然と建ち並びました。北京と通州を結ぶ高速道路が潮白河を渡って燕郊に入り国道102号線に姿を変えた直ぐのところには、マンションを販売する不動産屋が軒を連ねました。そこは「不動産屋ストリート」と呼ばれるほど有名になり、北京ばかりでなく、地方からも多くの人たちが押し寄せたのです。彼らは親戚や友人から借金までして金を集め、血まなこになって投機物件を探しました。不動産屋からは「いまこの食事をする間も、トイレにいく間でも、値段は刻々と上がっていますよ」と脅かされ、ほとんどの人たちは慌しく契約書にサインをし、頭金を支払い、銀行からの融資を決めたのです。
【燕郊の不動産屋ストリートの入り口。この国道102号線の両側に不動産屋が軒を連ねている】
こうしてバブルの狂乱を呈した燕郊では、新築マンションの平均価格が、2015年4月では9,598元/㎡であったものが、2017年4月には28,611元/㎡と、わずか2年間で3倍に跳ね上がったのです(出所:安居客のマンション価格データより)。
【燕郊の不動産屋ストリート】
それが、いまでは「不動産屋ストリート」はもぬけのからとなり、訪れる人もいなくなりました。なぜ、こんなことになってしまったのか?
2017年3月17日、北京市政府は、北京市内で2軒目以降のマンションを購入する場合60%の頭金、投機目的のマンションを購入する場合80%の頭金の納付を義務付けました。北京に追随する形で、翌4月5日、三河市政府は、同市で3年以上納税を行っている者以外のマンション購入を認めないという制限政策を発表し、燕郊でのマンション投機を実質的に禁止したのです。
【不動産屋は空き家となり、軒先の営業車は乗る人もなくほこりをかぶっている】
この措置は、マンション価格が一般市民の収入をはるかに超え、それによる貧富の拡大、ひいては庶民感情の悪化を危惧し、更には、バブルの急激な崩壊を恐れ、ソフトランディングを目指した政府が一刀両断に行ったものです。
これによって燕郊のマンション価格は、2017年4月の最高値(28,611元/㎡)から下降に転じ、今(2018年12月)では18,385/㎡と、3分の2以下になりました(出所:前出の安居客)。
【2階の窓ガラスは割れ、廃墟と化した建物】
日本であれば、高値をつかまされ、転売できずに巨額のローンだけが残った人たちは怨嗟(えんさ)の声をあげるでしょうし、収入を断たれた不動産屋はデモや座り込みを起こすでしょう。しかし、政府が圧倒的に強い中国では、誰もが泣き寝入りせざるを得ないのです。
【枯草や つわものどもの 夢の跡(芭蕉のもじり)】
いまの燕郊「不動産屋ストリート」は、訪れる人もほとんどなく、多くの建物には大きな錠がかけられ、ガラス窓から中を覗けば、持ち忘れた営業地図や造花だけがぽつねんと残されています。店先に放置された営業車は、乗る人もなくほこりをかぶったままです。ただ不動産屋の立派な看板だけが、中の惨状を覆い隠すように胸を張ってたたずんでいるのです。
【雄安新区市民サービスセンターのなかはガソリン自動車の乗り入れが禁止されている。そのため、すべての訪問者は数㎞離れた駐車場から電動バスに乗り換えなければならない】
同じ河北省でも、「ゴーストストリート」に化している燕郊がある一方、ホットな話題となっているところがあります。それが「雄安新区」です。
雄安新区は、河北省保定市の雄県、容城県、安新県の3つの県にまたがる地域をいいます。北京を頂点として、東に天津、西に雄安という正三角形のような位置関係にあり、それぞれ100余㎞離れています。
【センターを見学する人たち。センター内の建物は、写真の後ろにあるようにプレハブユニット工法を採用し、高さは3階建てまでしか認められない】
2017年2月23日、習近平国家主席が現地を視察し、張高麗、韓正という2代に続く筆頭副総理が責任者となり、「千年の大計画 国家の大事業」のスローガンのもとに、雄安新区の建設は中国政府が推進する巨大プロジェクトとなっています。
毎年1,000億元(約1兆6,000億円)以上の膨大な費用が投入される計画で、すでに白洋淀という大きな湖沼の北岸、容城県の一角に「雄安新区市民サービスセンター」が作られています。そのなかには、政府機関、賃貸オフィス、ホテル、職員住宅などの建物ができています。いまは2035年までに基本建設を終え、21世紀半ばにはすべての建設の完成を目指したマスタープランがほぼ完成し、国の新区に対する支援政策とともに近く発表される予定です。
【自動運転のセダンとミニバス(後ろ青色)】
しかし、口さがない北京すずめたちは、こんな話をしています。
「なぜ雄安かといえば、習近平の母親の故郷だからさ」
「いやいや、習近平の最初の勤務先だから決まったんだ」
「1980年代の深圳経済特区の建設は中国中が注目し、1990年代の上海浦東新区の開発は世界中の関心を呼んだ。しかし、今回の雄安新区は、ただ一人の人間だけが注視している。誰だか分かるかね?」
注4:かれの母親の故郷は高陽。雄安とは同じ保定市に属し、白洋淀をはさんで、北岸が雄安、南岸が高陽という位置関係。
注5:かれの最初の勤務地は石家庄市正定県。保定市に属する雄安とは、市も違い、距離も200kmほど離れている。
【センターの周辺はまだ畑や雑木林が広がっている】
文・写真=北京事務所 谷崎 秀樹
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★本コラムについてはこちらから→【新コラム・北京の二十四節気】-空竹-
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