寒露-官園卸売市場(2018年10月8日 晴れ 最高気温 21℃、最低気温 9℃)
先月は怠けていたわけではありませんで、本当に忙しかったのです。
それを見かねた日中経済協会北京事務所電力室の眞田晃室長が白露と秋分の2回に亘りご執筆いただきました。正真正銘の『テッチャン』(鉄道マニア)である氏の鉄道に対する思いと博学が詰まった文章に脱帽するばかりです。おかげさまで、途切れることなく24節気コラムを続けることができました。ここに改めて眞田室長に感謝の意を表したいと思います。有難うございました!
今回からもとに戻り、引き続き北京の人たちの暮らしを中心に紹介したいと思いますので、お付き合いのほどお願い致します。
【官園卸売市場】
さて、北京の旧城壁があった第二環状線の西北、西直門と阜成門の中ほどは車公庄と呼ばれています。ここの地下には断裂層があるらしく、昔は城壁を建てても、すぐに壊れてしまったそうです。そんな不安定な土地の上に、官園卸売市場があります。ここは、地下鉄6号線車公庄駅の最寄り出口から数十歩で着くという便利なところにあります。もとは北京新華印刷廠があった場所で、同廠の移転に伴い、1998年、この卸売市場が建設されました。
【正面玄関を入って直ぐのメインストリートといってよい場所に、ブランドバックのコピーが売られています。値段はなんと50元(約850円)!?】
官園卸売市場は3階建て、1階が衣料品、2階が布団、カバー、カーテン、靴等、3階が文房具、厨房器具など、売り場面積2万5千㎡のなかに、4畳半ほどの小さな店が数えきれないほど所狭しと並んでいます。その数はなんと1千以上。おそらく当初は名前どおり卸売りが中心であったものが、いまでは小売り一色になっています。
【装飾品に群がるおばさんたち】
9月末の平日の午前、この卸売市場を訪問しました。午前では人が少ないのではと心配しましたが、全くの杞憂となりました。地下鉄を降りたときから、おじさんやおばさんが同じ方向に進んでいくのです。それが最寄り出口のエスカレーターを上るころにははっきりしてきます。蟻の行列そのままに、絶えることなく人々は卸売市場へと吸い込まれていきます。
【洋服で埋め尽くされた店。果たして売り切れるのでしょうか?】
店内に入ると、さらに吃驚(びっくり)。そこらじゅうで客を呼び込む大きな声が響き、その声につられてなかへ入っていくと、いたるところで品定めする人がいて、その客に向かって売り子たちは懸命に品物の良さを説明しています。狭い通路には、人があふれ、写真を撮ろうと足を止めても、後ろからくる人の波に圧されて、写真が撮れないほどです。多くの人が行きかうなかを、商品が入った黒い大きなビニール袋や段ボール箱をカートに載せて強引に入ってくる業者もひっきりなしにいます。年末の上野アメ横の人出といえば、分かっていただけるでしょうか。まさにあの大量の人と上野以上の騒乱が平日の午前から出現しているのです。
【おとこはつらいよ……、ぼくもつらいよ……】
なぜこんな騒ぎが起こっているとかといいますと、今年の9月28日をもって官園卸売市場は20年の歴史に幕を閉じるからです。そのため、閉店前の清算ということで、1千以上の全店舗で投げ売りが始まり、それを目当てに客が殺到しているのです。
【通路で戦利品を分け合っているおばさんたち】
現在、北京市政府は「非首都機能の分散」を掲げています。
漢字ばかりで、これだけでは何を言っているのかよく分かりませんので、砕いて申し上げると、「非首都機能」とは「首都に似つかわしくないもの」という意味で、これをさらにかみ砕くと、非首都機能=首都に似つかわしくないもの=流れ者=地方出身者という図式になります。その分散ですから、つまり「地方出身者を追い出す」という政策です。特に、この市場が所在する西城区は北京のど真ん中、中央政府などの行政機関が多く立地しています。そのため、西城区は上級政府から厳命されたと思いますが、「非首都機能」の追い出しにやっきになっています。以前、地安門の凧屋の店正面が強制的にレンガで覆われるという話(『2017年6月5日芒種』を参照)を紹介しましたが、この卸売り市場の閉鎖も目的は同じなのです。
【ハンカチ5枚を10元(約170円)で売っているおにいさん。その安さに思わず2セット買ってしましました】
1千店舗といえば、1店舗3人としても、3千人の従業員が働いていることになり、彼らの妻子や子供、両親を含めると1万人くらいの人数にのぼり、そのほとんどが地方出身者なのです。この1万人の地方出身者を追い出すために、地域に根ざした店を閉鎖する。売る側である一部の店では、コピー商品の販売という責められるべき落ち度はあります。しかし、便利な場所で、安いものが買えるという庶民の利便性は全く眼中に無いのです。区政府は上からの命令を忠実に実行するだけで、下の人間のことは全く考えていないのです。
【ひっきりなしに人が行き交うエスカレーター】
日本人のわたしが地方出身者に代わって歯ぎしりしても仕方ありませんが、どっこい庶民は庶民でしたたかです。
政府は河北省滄州市に大規模な商業施設を作り、そこを受け入れ先としています。しかし、そこは北京から200kmも離れています。東海道新幹線でいえば、東京から静岡(約180 km)の先まで行けます。こんな離れた場所に行きたいと希望する人がいるのでしょうか。実際、数人の店主や売り子に話を聞いても、一様に新街口、双井(ともに北京の中心地域)などのショッピングセンターに新しい場所を確保したと言っていました。結局、政府の施策とはうらはらに、「非首都機能」は、北京を出るのではなく、蚤が散るように北京市内に分散していくのです。
中国人が誰でも口にする言葉が頭に浮かびます……『上に政策あれば、下に対策あり』……
【昼どきになり、ますます人が増えていきました。エスカレーターで下りながら入り口を撮りました】
文・写真=北京事務所 谷崎 秀樹
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★本コラムについてはこちらから→【新コラム・北京の二十四節気】-空竹-
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