2022年8月2~3日のペロシ米下院議長による台湾訪問後、米中間の緊張関係が高まっている。中国側は台湾との関係を強化しようとする米国側の動きに強く反発し、8月4日から10日にかけて台湾周辺での大規模軍事演習を実施、軍事的緊張が高まった。さらに、中国は米国に対し、米中両軍幹部や国防当局間の協議の取り消しなど8項目の制裁措置を発表した。台湾に対しても、一部食品の対中輸入停止や台湾への天然砂の輸出停止措置を実施した。
その後、9月23日には王毅国務委員兼外相とブリンケン米国務長官による対面での米中外相会談が行われ、両国の緊張関係が高まる中でも対話を継続する方針が確認された。ただし、両者の主張は平行線をたどったままである。
こうした台湾問題をめぐる米中の対立が続く中、米国の中国専門家が中国の台湾政策をどう見ているかについて、米国のシンクタンク・CSIS(戦略国際問題研究所)によるアンケート調査の結果が最近公表された1。調査対象は、民主党・共和党両政権の元米国政府高官、元米国政府政策・情報アナリスト、学術界やシンクタンクの研究者など64名の専門家、調査期間はペロシ議長訪台後の8月10日~9月8日である。今回はこの興味深い調査結果をもとに、米国側の台湾問題に対する見方を整理したい。
まず、中国の台湾戦略に関して、「中国は台湾との平和的統一に向けて、具体的な段階を定めた一貫した戦略やロードマップを有しているか」という問いに対し、全体の8割が「有していない」と回答した。習近平政権は、2019年初の演説で「最大限の誠意と努力をもって平和的統一の実現に努める」としつつ、「我々は武力行使を放棄することを約束せず、外部勢力による妨害と少数の台湾独立分子およびその活動を対象に、あらゆる必要な措置を取る選択肢を留保する」として、武力行使の可能性にも言及した2。中国大陸で経済活動を行う台湾企業や個人に対する優遇策などは実施されているものの、台湾政府および台湾人の多くは依然として中国との統一を望んでおらず、その結果、中国が軍事演習を通じた牽制を強めるなど強硬的な手段を取る事態となっている。このような状況を踏まえ、米国の専門家の多くは「中国には一貫した平和的統一のための戦略がないのでは」と懸念しているようだ。
次に、中国が目指す台湾統一のタイムラインについては、専門家の中も見解が分かれている模様だ。「中国は2049年までの台湾統一を目指している」との意見は全体の44%を占めた。習近平総書記は、中華人民共和国建国100年となる2049年までに「中華民族の偉大な復興」を達成すべきという目標を掲げており、台湾統一もそれに含まれるという見方が多い。他方、「明確なタイムラインはなく、台湾統一が可能となるまで待つ」との見方も全体の42%に達した。習政権が目指す平和的統一のため、中国の軍事的優位性を確保しつつ、台湾社会に中国との統一を自ら望む勢力を作り出すには、相応の時間が必要で、中国側が慎重に歩を進めるのでは、との考えが示唆される。
タイムラインに関する調査でもう一つ注目すべきは、メディア等で頻繁に取り上げられる「2027年までの台湾侵攻」の可能性に関して、83%もの専門家が否定していることだ。2027年というタイムラインは、2021年3月に前・米インド太平洋軍司令官のデービッドソン氏が「2027年までに中国が台湾に侵攻する可能性がある」と発言したことで注目が高まった。この年は、中国人民解放軍の創設100周年にあたり「建軍100年奮闘目標」という強軍化の目標が設定されているタイミング、かつ習近平総書記が3期目を続投する場合の任期最終年でもある。しかし、大方の中国専門家は、先述の通り、台湾統一のためのタイムラインについて「2049年」あるいは「明確な期限なし」とみており、2027年までの侵攻の可能性を否定しているようだ。
このように、専門家たちは、当面は武力行使を伴う台湾統一の可能性は低いとしている。しかし同時に、台湾周辺での軍事的衝突の可能性は高まっているとみている。「今後10年以内に、中国が侵攻に至らない程度の武力行使を意図的にエスカレートさせる」とのシナリオについて、「可能性が高い」(30%)および「非常に高い」(22%)との見方があわせて過半数を占めた。また、「意図しない軍事事故や衝突が台湾海峡またはその付近で起こる」とのシナリオに対しても「可能性が高い」(34%)および「非常に高い」(22%)との回答が過半数で、「可能性は低い」と考えているのはわずか5%、「全く可能性がない」と考えている専門家はゼロであった。
最後に、米国の台湾政策について、米国が長年維持してきた「戦略的曖昧さ(strategic ambiguity)」を解消した場合、「中国がただちに台湾を侵攻する」との見方は皆無だったが、「中国が否定的かつ大きな反応を示し、米中間または中台間の危機を引き起こす」との見方は64%と過半を占めた。「戦略的曖昧さ」とは、中国が台湾に武力侵攻した際に米国が介入し台湾を防衛するかどうかを明確にしないことを指す。その狙いは、中国には米国の介入の可能性を信じさせ台湾侵攻を抑止する、台湾には米国が介入するとは限らないと信じさせ中国に対する挑発行為の抑制を促す、という「二重の抑止」にある3。最近、「戦略的明瞭さ(strategic clarity)」に転換すべきとの声も米政府内で出てきているが、それはかえって台湾の独立を促すことになり、中国の軍事力行使を抑止するものではないとして、批判的に見ている専門家が多いようだ。
今後、11月に開催予定のG20サミット(11月15~16日)またはその直後のAPEC首脳会議(11月18~19日)に合わせて、初の対面での米中首脳会談が検討されている模様だ。台湾問題について両国首脳がどのようなトーンで発言するのか、要注目だ。さらに、9月14日に米上院外交委員会で可決された「2022年台湾政策法案」の行方にも注視すべきだろう。同法案は、台湾が米国から武器を購入する際、米国が補助金や融資を提供するという軍事支援強化の内容を含むため、中国との緊張をさらに高めるとしてバイデン政権は後ろ向きだ4。そのため、法案成立の可能性は低いとされるが、米国内での議論の行方および中国側の反応5を見守る必要があろう。
1Bonny Lin, Brian Hart, Matthew P. Funaiole, Samantha Lu, Hannah Price, Nicholas Kaufman, “Surveying the Experts: China’s Approach to Taiwan,” Center for Strategic & International Studies (CSIS), September 19, 2022.
2「习近平:为实现民族伟大复兴 推进祖国和平统一而共同奋斗——在《告台湾同胞书》发表40周年纪念会上的讲话」新華網、2019年1月2日。
3「中国を『やる気』にさせない3条件 台湾有事、日本がなすべきは日本防衛と米軍支援(3)」日経ビジネス、2021年8月26日。
4 “US Senate Panel Approves $4.5 Billion Weapons Deal for Taiwan,” Bloomberg, September 14, 2022.
5米上院外交委員会での同法案可決を受け、中国外務省の毛寧副報道局長は記者会見(2022年9月15日)で「法案が成立すれば、米中関係の政治基盤を大きく揺るがし、米中関係および台湾海峡の平和と安定に極めて深刻な影響を与えることになる」と述べ、断固として反対する意を示した。また、米国に抗議の申し入れを行ったと発表。
玉井芳野(2022年9月)