【多余的話】『SABA』

正月の魚と言えば、タイやサケそしてブリがお決まりでしょう。タイは関西・四国を中心に姿焼にして飾り、サケは東北・関東での人気が高く、とりわけ村上市のサケは珍重されるようです。玄海灘から日本海で獲れるブリは出世魚として正月には欠かせません。

中国では、タイの一般名称は「鯛魚」(diaoyu)、地域によっては甲級魚(jia ji yu)と称され文字通り高級魚扱いにされていました。サケはサーモンの音訳の「三文魚」(san wen yu)と呼びならわされ、人気です。魚の名前は地域や国によって多種多様なので一概には言えず、ボロが出ないうちに知ったかブリはサケタイと思います。

正月に免じて個人的な好みを綴らせていただくと、白身の高級魚よりも青魚のサバ、イワシ、コノシロ、コハダ、アジを好みます。カツオやマグロも背が青いので青魚のスズキ目サバ科マグロ属、同科カツオ属ですが、サイズも価格も別格なので対象外とします。庶民的な青魚のなかでもサバ(青花魚・鯖魚)を好みます。

福井在住の先輩が産地の小浜からサバ加工品を送ってくれます。粕漬にした「へしこ」は銘品ですが日本酒との相性が良すぎるのが難点です。この冬の鯖缶には「最も脂のりの良いノルウェー産の鯖のみを厳選使用」「旬獲れ、極さば、丸ごと骨まで」「御食国、若狭小浜のお魚のプロが厳選しました」とありました。水煮や味噌煮の外にSABA x BASILやSABAxGARLICなどの油漬は自称イタリア料理研究家を喜ばせました。デザインも優れており「Sabastian」というブランドイメージにもクスリと笑いました。

書いているうちに、意識の中で鯖は徐々にSABAに変化していきます。「ノルウェー産のみを厳選使用」していたのは、一昨年到来の「へしこ」もそうでした。日本産だから良品、外国産は信頼しない、という神話はかなり前に崩れているのかなと思っていましたが、未だに「メイド・イン・ジャパンですから〇〇」で消費者を掴もうとするCMを目にして首を傾げます。その反面、鯖の産地の若狭小浜が「ノルウェー産だから良いのです」と明言する姿勢は潔いです。

そんなところに、1月4日の朝日新聞が「ノルウェーのサバ」と題して南西部エーゲルスンの産地からサバ情報を伝えてしました。ノルウェー水産物審議会によると、2023年の対日輸出量は6万3千屯、中国・ベトナムで加工後のサバを足すと13万2千屯となり、消費量26万屯の半分がノルウェー産の由。農水省によれば、日本の漁獲量も26万屯で半分強が飼料用、残りの21%が缶詰用とのこと。価格が手ごろで、姿が大きめ、脂ののった美味しいサバはノルウェーから運ばれたタイセイヨウサバになるようです。

かれこれ40年前に食品部に志願してきたフレッシュマンS君から彼の父親がノルウェーサバのフィレ加工輸入の先駆者であると聞きました。「ノルウェー品は安くて旨いぞ。彼らは無知だから養殖のエサにしていて食用にはしない」という牧歌的な成功談から始まり「SPEEDUP:工場立地・高速冷凍船・高速運搬船を駆使」。「資源保護:3歳以上を規制数量以内で水揚げ」。「品質向上:日本から魚のプロが検査員や匠として往来」という基本動作を先行させて今日に到っているのでしょう。

タラ漁を追いかけ12月のカムチャッカへ出張したことがあります。新潟からハバロフスクへ飛び、そこからオホーツク海に面した漁港へ行き、タラ漁解禁直前の水産会社とホワイト・フィッシュミール(高級魚養殖用の白色飼料)の契約を行う業務でした。タラを船上でフィレ加工し、不要な部位を粉砕乾燥させ、高速運搬船が日本までデリバリーするのがビジネススキームでした。解禁日が迫るなか出航したくても重油を買う金に乏しいロシア人船長と希少価値の高い白色魚粉を確保したい日本商社との現金取引、文字通り水際交渉でした。カムチャッカへの機内から間宮海峡の夕陽を見たことと、プールのような露天風呂温泉に案内され、浸かったのはよいけれど寒気が厳しく出るに出られなくて難儀したことを思い出す程度なので、「タラれば」商売の収穫は乏しかったと記憶しています。

S君のお父さんのように、素材発見→実績と信用醸成→サプライチェーンの確立→資金投下→設備提供→技術指導→輸送手段の改善の段階を迅速に踏み、並行して地元の需給バランス・嗜好の変化・他国の参入動向などの情報収集や対策を怠らないビジネスマンが各分野で持続可能な取引を人知れず微笑みながら進めているでしょう。

S君自身の考えかお父さんの受け売りなのか定かでないのですが「外国で生き抜くためには、その国のことを知るのが基本であり、その国の言語で、日本の歴史を伝えるくらいの努力が大切だ」との言葉の印象が鮮烈で今も反芻しています。

「日本は休みなので、メルボルンで良質のタスマニア水産物を扱うバイトをしています」とS君からの2025年第一報が届きました。今年も中国・アジア・世界を丸ごと骨まで食べ続けるレポートを楽しみにしています。不動の老生は1月読書会の課題本『老人と海』を読み、カリブ海での老人と大型青魚との格闘を想像しています。

(井上邦久 2025年1月)