【多余的話】『中年危機』

台風も長々と寝そべったこの夏、余熱が続く中で三ケ月続けて「躺平(tang3ping2/タンピン・寝そべり」を取り上げるのは芸の無い話だと思いながら、再度「躺平」についての解釈を続けたい。

<躺平>はモラトリアム(moratorium)とも少し近いような気がします。
ヨーロッパの大学生(ドイツ・フランス等)は大学合格資格証明書をとると
すぐ大学に入らず旅をしたり、好きなことをすると聞きます。
厳しい受験勉強の後、いったん空っぽにする余裕の時間は大事だと思います。
日本、中国、韓国のような学歴偏重主義の国には考えられないことなのかもしれませんが。

これは知人の大学教員の説です。「なるほど」と思っていたところに、
『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』(岩波書店)を読むなかで、コミットメントと対比する形で、デタッチメント(detachment)の分析があり、その語感が「躺平」に通じる気がしたので補足します。

昨今、鎌田實氏の『ミッドライフ・クライシス』の体験や考え方を伝える記事が多い。男性ホルモンのテストステロンが影響する、40歳から65歳の中年・壮年が陥りやすい心の危機等と説明され、人事総務部の課題として対応支援する企業もあるとのこと。

「躺平」が成年前期のものならば、こちらは成年後期が対象となる。

鎌田氏の記事に既視感を感じた。徐々に河合隼雄氏のことが甦ったので図書館で確かめた。心理学者ユングに連なる河合氏の著作は数多あるが、30年前に読んだ『中年クライシス』(朝日文芸文庫)を借り出してきた。その冒頭に河合氏は平易な言葉で書いている。

現代に生きる中年にとって、大きい問題を生ぜしめるのは、平均寿命が長くなったという事実である。人生五十年などと言われていた頃には、一所懸命に働きづめに働いて、六十歳になるかならぬうちに「お迎え」がくるというような、生まれてから死ぬまでが、山越える形の軌跡をとったものだが、(後略)

元々、焦点が一つではない楕円形の思想を信奉する人間として、「一所懸命」は性に合わず、「働きづめに働く」のは苦手だった。

河合氏の文章を読んで、第二・第三の山を目指そうと考えた結果「中年危機」は軽症で済み、六十路の坂も早めの癌発見と関節手術で乗り越え、今の処、何とか「お迎え」も回避できている。

飛躍が過ぎるかもしれないが、光源氏は人生の絶頂期にその権勢と富というものに虚しさを噛みしめている。加えて永遠の人である藤壺が出家し、逝去してしまう。時に若ぶりヤンチャを仕掛けるが、聡明な斎宮からは「いい加減になされよ」と峻拒されている。

光源氏が32歳頃のことであり、正に当時の「中年危機」である。

8月6日の朝刊1面に「日経平均4,451円安。円高141円台」という大きな活字が並んだ。同日の日本経済新聞31面が定位置の「経済教室」、その左下隅「やさしい経済学」の欄に、北九州市立大学中岡深雪教授による『中国の不動産市場』の連載が始まった。

四半世紀にわたり中国の住宅政策というビビッドなテーマを研究してきた蓄積を基に、決して「やさしい」内容ではないが、実に「やさしく」書かれていると感じた。

「中国の不動産」に関する基本的なデータ、政策の変遷、そして現状の課題から要点を抽出して「今さら聞きにくい」事柄を10回に分けて解説していた。孫引きでまことに恐縮ながら要点を更に抜粋して、若干の私見を添えてみたい。

1978年   住宅制度改革:所属「単位」からの「分配」⇒私有化
      「単位」から所有権を格安で払い下げ(長期勤続者優先)
1992年~  中古住宅が商品化され、市場が活発化⇒財テク手段化
1999年~  転売公認⇒価格上昇・大都市の1㎡価格>可処分年所得額
      様々な格差が顕在化:都市農村・資産格差・年代格差
      国有地所有権の譲渡収入⇒地方政府(融資平台公司が受け皿)
      「暗黙の政府保証」⇒過剰借入れ・過剰投資・過剰生産能力
2016年12月 中央経済工作会議 習主席「房住不炒」指示
      「住宅は住む為のもの、投機の対象ではない」⇒投機熱冷却を企図
2020年   不動産開発企業への融資要件(レッドライン)強化
      銀行への融資額総量規制:大銀行<40%・中銀行<27.5%
      不動産開発企業の資金繁忙・経営危機・販売不振の負のスパイラル
2024年   人民銀行は売れ残り住宅買上の為、3,000億元融資枠準備
      「保障性住宅」低所得者向け低価格住宅⇒供給が限定的
・供給過剰が偏在。住宅価格の高止まり。低所得者向け政策が手薄。
・不良債権比率は大銀行/1.26~1.75%。農村・中小銀行/3.34%~
・金融商品の国際化は限定的⇒リーマンショックとは異質

私見として、不動産問題は国内問題であり、不良債権比率も2%以下で、財政全体から見れば大問題でなく、地方政府に責任始末を押し付けている感じがする。1978年以降、巧く立ち回った者が住宅転売により資産増・富裕層化し、時流に乗り遅れた低所得者層への救済政策は手薄であり、住宅課税改革はお座なり、という印象。   

2013・2015年にアジアを制した「広州恒大サッカークラブ」は国内二部に降格中。現在は外国人助っ人、帰化選手はいないという。 中国サッカー界に不動産ブーム時の「金で勝つ病」後遺症が残る。

(井上邦久 2024年9月)

セミナーのご案内
■開催日 2024年10月12日(土)午後 2時~4時
■会場  大阪市立生涯学習センター 
     大阪駅前第2ビル 5階 第5研修室 定員36名
■講演タイトル: 「中国での清酒造りその後と日本の清酒事情」
■話題提供者:中谷正人氏 
中谷酒造株式会社六代目当主、天津中谷酒造有限公司執行董事総経理
https://kajinken.jp/