前回1月末のコラムでは、中国のゼロコロナ政策撤廃により人の往来が容易となり、米中間でも対立先鋭化を避けるための対話活性化が期待できると書いた。しかし、気球問題や中国の対ロシア軍事支援をめぐる懸念、さらに中国が全人代で示した米国に対する批判や対立長期化への警戒などにより、米中関係には再び暗雲が立ち込めている。
中国の偵察気球が2月初に米本土上空に飛来、それを米軍がサウスカロライナ州沖の大西洋上空で撃墜した問題は、米国内のニュースでも連日大きく取り上げられた。気球が傍受機器を備えており米軍事施設の偵察を試みたとされ、多くの米国人が実際に目に見える形で中国の脅威を感じたとみられる。米ブリンケン国務長官は「明白な主権侵害と国際法違反」と非難、2月上旬に予定されていた訪中も中止となった。他方、中国側は「民間の気象研究用」の気球が不可抗力により米国本土上空に飛来したと説明、米国による撃墜は「過剰反応であり国際慣例に違反」と主張した。
2月18日にブリンケン国務長官と中国外交トップの王毅氏がドイツで会談を実施したものの、気球問題での両国のすれ違いを改めて世界に示す形となった。さらに、同会談で米国側が中国のロシアに対する軍事支援[1]について懸念を示したことで、両国の対立の深さが示された。
他方、中国では3月5~13日にかけて、国会に相当する第14回全国人民代表大会第1回会議(以下、全人代)が開催された。習近平氏が3期連続で国家主席に選出され、党総書記・国家主席・中央軍事委員会主席を兼務する習体制3期目が本格始動した。国務院総理(首相)には、党内序列2位で習主席の浙江省時代からの側近である李強氏が就任した。
今回の全人代では、中国が米国との対立長期化への備えを固める方針が改めて示唆された。全人代と同期間に開催された全国政治協商会議の分科会会議(3月6日)で、習国家主席が「米国をはじめとする西側諸国が全面的な封じ込め・包囲・弾圧を行い、中国の発展に未曽有の厳しい試練をもたらしている」と珍しく米国を名指しで非難、「国際・国内環境の深く複雑な変化に直面した時、冷静で毅然とした態度を保ち、安定の中で進歩を求め積極的に行動し、一致団結して敢闘することが必要」として民営企業に対する支援の方針を示した。米国との対立長期化が予想される中で、民営企業もイノベーションを通じ中国の競争力向上に貢献すべきとの考えがあるとみられる。また、全人代での承認を踏まえ3月17日に発表された「党と国家の機構改革案」では、党中央に中央金融委員会や中央科学技術委員会など5つの組織を新設し、国務院に関しても科学技術・金融監督・データ管理などの分野における13項目の改革を実施する方針が示された。米国との対立長期化に備えるべく、国家安全に関わる金融システムや科学技術分野における党のコントロールが強化される見込みである。
米国側も2024年の大統領選を控え、今後ますます対中強硬姿勢が強まりやすい状況だ。足元でも、華為技術(ファーウェイ)への輸出を全面的に禁じる措置の検討、動画共有アプリ「TikTok(ティックトック)」の利用者データ流出懸念をめぐる運営会社・ByteDance(バイトダンス)CEOに対する米連邦議会の公聴会実施などの動きがみられる。さらに、3月末~4月初にかけて台湾・蔡英文総統が米国・中米を訪問、マッカーシー米下院議長との会談を実施予定であり、米国と台湾との連携が深まる模様だ。
衝突回避のための対話を継続するため、バイデン政権は習国家主席と近日中に協議することを検討しているようだが、見通しは不透明である。予定されていたブリンケン国務長官やイエレン財務長官の訪中が再び調整されるかも現時点では分からない。筆者が交流を持つ米国の中国研究者たちも、米中関係については悪い状況が続くと見方で一致している。
こうした不安定な環境の中でも、わずかながら明るいニュースはある。一つは、中国政府が3月15日から観光ビザを含む外国人向けのビザ申請を3年ぶりに再開したことだ。もう一つは、3月末に中国・北京で、国務院発展研究センター主催の「中国発展ハイレベルフォーラム」が開催され、100名以上もの多国籍企業関係者が海外から参加したことだ。アップル社のティム・クック氏、クアルコム社のクリスティアーノ・アモン氏など米国を代表する企業の経営者も参加した。同フォーラムは、2000年以降毎年開催され、国内外の企業経営者や政府関係者、研究者の交流の場となっている。
このように、米中対立長期化という不可逆的なトレンドの中で目立ちにくくなりがちではあるが、ビジネスや観光などの分野でコロナにより抑制されていた動きが復活している。この動きが持続的なものとなるかどうか、今後も注目したい。
玉井芳野(2023年3月)
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[1] 米ウォール・ストリート・ジャーナル紙はロシアの税関統計を分析、中国製のドローンがロシアに輸出され軍事利用されていると報道。” Chinese Drones Still Support Russia’s Warin Ukraine, Trade Data Show,” The Wall Street Journal, February 18, 2023.