1.はじめに
2015年から始まった「大衆創業・万衆創新」政策によって新規登録企業数は飛躍的に増加し、特に広東省深セン市では、2016年の新規登録企業数は主要都市の中で最も多い38万社に達しました。広東省を含む華南地域は民営企業の多さと加工貿易により培われた製造業によって独自のスタートアップ企業を支援する仕組みが発展しました。
多くの外国企業が華南のスタートアップ企業に注目するようになった事で、一早くイノベーション技術を取り入れる為に日本からも多く人々が訪問するようになりました。今回、中国華南地域の深セン市におけるスタートアップ企業現状についてレポートしたいと思います。
2.エコシステム
スタートアップ企業から世界トップ企業までの関係を生物学の生態系になぞらえて、「エコシステム」と表現します。
広東省深セン市にはスタートアップ企業を支援する独特の「エコシステム」が存在します。
深セン市には「メイカーズ」と呼ばれるものづくりを行う個人や小規模事業者が多く集まり、大企業の製品と同様に世に流通しうる製品開発を行っています。メイカーズの特徴は個人的な欲求や動機に基づいて活動している点です。
このメイカーズやスタートアップ企業を支援するアクセラレーターによってエコシステムは成り立っています。深セン市は華南地域の成熟した電子・電気産業のサプライチェーンを活かしたハードウェアを軸にするスタートアップ企業が多く、アクセラレーターによる支援を受け、短期間で大企業並みの企業価値を生み出す企業も出ててきました。
出典:各種資料より筆者作成 <メイカーズが集まるシェアオフィス>
3.日系企業とスタートアップ企業のミスマッチ
上記の様な背景から日系企業も良質な技術の囲い込みを行うべく視察に訪れるようになり、スタートアップ企業も日系企業支援を得る為に快くプレゼンテーションを行っていました。しかし、実際に投資に至った例は少なく、最近ではスタートアップ企業から視察を断られる例も散見されます。
スタートアップ企業を視察する日系企業の多くは完成された技術を持った企業を囲い込みたいという目的を持って訪問します。しかし、実際には未完成な技術が多く、採算性や事業性を見出す事が難しい企業が多いのが実情です。またスタートアップ企業の技術をどのように利用するのか等の具体的な目的無く視察している企業も多く存在しています。
一方、中国企業である平安グループ等は健全性判断プロセスを省く事で技術に着目し、自社で技術利用する為に未完成な技術に対し支援を行っています。深セン市特有のハードウェア系スタートアップ企業の特徴は技術の完成に多額の資金と一定の期間が必要となる点です。太宗のスタートアップ企業は技術の完成に向けた資金援助を求めており、完成された技術を持った企業を求める日系企業とのミスマッチが存在しています。
<環境規制対応塗料開発企業>
4.スタートアップ企業との関わり方
米中貿易摩擦が起こった2018年中頃からスタートアップ企業に対する投資は減少しています。米中貿易摩擦による経済不安は投資資金の源である銀行からの出資を減少させ、ベンチャーキャピタルは地に足のついた確実な収益が見込める企業に投資を絞るようになってきました。
しかし、2019年に発表された香港・マカオ・広東省9都市の経済圏構想である「粤港澳大湾区構想」にも深セン市の目指すべき姿として「世界的影響力のあるイノベーション都市」と記されており、政府によるスタートアップ企業への支援は続く見通しであり、深セン市のスタートアップ企業が生まれやすい環境は変わることないでしょう。
多くのスタートアップ企業が日系企業の持つ資金や技術、ブランドを必要としていることは事実であり、ある程度のリスクを許容し、共に事業を成長させるというチャレンジ精神を持ってスタートアップ企業と接する事が必要とされているのではないでしょうか。
<平安保険グループ主催ピッチ大会>
5.ご挨拶
2019年4月から約1年間中国広東省の深セン市に駐在し、この4月より日中投資促進機構に着任させて頂きました。これから会員企業の皆様に向け様々な情報発信を行っていきたいと思っていますので、どうぞ宜しくお願い致します。
以上
2020年4月10日
吉田 学