このコーナーでは、米中対立が深まる中、米国の対中政策や対中ビジネスがどのように動いているかなど、「アメリカから見た中国」に関する報告をお届けする。第1回目は、米国企業の対中直接投資動向について見ていこう。
まず、米国政府統計で、2020年までの対外直接投資残高を国別にみると、中国は投資先として13位となっている。オランダやアイルランドなどの租税回避地を除いても、英国、カナダ、オーストラリア、ドイツ、日本に次いで6位にとどまる。対外直接投資残高全体に占める対中投資の割合も2%と小さい。一方、中国政府統計からみると、米国からの直接投資額は、2000~2020年までの累計1で6位に位置する。1位~3位が租税回避地(香港、バージン諸島、シンガポール)であるため、実質的には日本、韓国に次ぐ第3位の投資国となっている。
ここで注意したいのは、政府統計のみでは実際の直接投資動向を正確に把握できないことだ。米国の対中投資は、租税回避地に設立された子会社経由の投資が増えているが、米国政府統計では経由地が最終投資先として計上されてしまっているため、対中投資額が過小評価されている可能性が高い。また、再投資収益や親会社と子会社間の資金フローなど、新規投資とは関係のない動きも含まれてしまっている。一方、中国側の統計は、新規投資のみを対象としているが、租税回避地を経由した投資が米国からの直接投資として計上されないという過小評価の問題は残っている。米国を含む一部の国・地域については、租税回避地を経由した投資を含む統計も公表されているが、期間が2006年からと短い上、2020年分が未発表など、投資の全体像を把握するには不十分だ。
この問題を解決すべく、米国の民間調査会社Rhodium Groupが、100万米ドル以上の米中間の直接投資について、企業レベルのデータを積み上げたデータベース「The US-China Investment Hub」を作成している。企業の公開情報のみに基づくデータという制約はあるものの、政府統計の問題点を補完しつつ対中投資動向を把握する上では、有用なツールである。実際、米国議会の諮問委員会である米中経済安全保障調査委員会(US-China Economic and Security Review Commission)の年次報告にも引用されており、信頼できる統計として活用されていることが分かる。
Rhodium Groupのデータによると、米国の対中投資の推移は大きく6つの段階に分けることができる(図表1)2。具体的には、①鄧小平氏の改革開放路線を受けた投資増加(1992~1996年)、②アジア金融危機やインターネットバブル崩壊を受けた停滞(1997~2002年)、③中国のWTO加盟を契機とした増加(2003~2008年)、④世界金融危機を受け大きく減少も、中国の高成長を背景に再び増加(2009~2012年)、⑤成長鈍化懸念の中でも横ばい推移(2013年~2019年)、⑥コロナ発生・米中対立長期化を契機とした減少(2020年~21年)、である。最後の第6段階について、2020年の対中投資は2004年以来の低水準となり、2021年についても回復が見込めなかった模様だ。
今後も、米国企業の対中投資への慎重姿勢は続くと考えられる。背景には、①2022年3月以降のオミクロン株の蔓延を受けた、上海市などで実施されたロックダウン(都市封鎖)の長期化、②米国議会による対中直接投資規制案、がある。
①に関して、在中国米国商工会議所が実施した調査3で、過半数(52%)の企業が感染拡大により投資を延期または減らしたと回答した。さらに、約半数(49%)の企業が、厳格な感染対策ゆえ、中国での勤務に対し外国人材が消極的な姿勢を取っているとした。少なくとも今年秋の党大会までは、厳しい感染対策が継続されるとみられる中、事業拡大を控える動きが広がるとみられる。
②については、米国議会が、重要品目(半導体、医薬品など)のサプライチェーンの海外移転や技術流出への警戒から、中国など安全保障上の懸念を有する国への米国企業の対外投資について、審査強化を求める法案を提出している。米国企業の国際競争力に悪影響をもたらすとして、米国経済界からの反対の声も強く、立法化されるかどうかは現時点で定かではない。仮に立法化されたとしても、審査の対象となる業種・品目の範囲によって、対中投資全体への影響は大きく異なる。しかし、こうした動きがあること自体が、企業の投資マインドを下押ししうる。
なお、仮に米国で対中投資規制が導入された場合、対中政策において同盟国との連携を重視するバイデン政権が、日本でも同様の規制を導入するよう、協調を求める可能性がある。日本の対中投資にも大いに影響しうるため、今後もこの政策動向には注視が必要だ。
(図表1)米国の対中直接投資額の推移
(出所)Rhodium Group “The US-China Investment Hub”
(注)2021年は暫定値。
1中国政府は、対内直接投資額(フロー)のデータは発表しているものの、対内直接投資残高(ストック)のデータを発表していない。そのため、ここでは2000~20年までの直接投資額を合計し、ストックデータの代わりとして使っている。
2この段階分けについては、Thilo Hanemann, Daniel H Rosen, and Cassie Gao, “Two-Way Street: 25 Years of US-China Direct Investment,“ Rhodium Group, November 2016. を一部参考とした。
3American Chamber of Commerce in China, “AmCham China Flash Survey on COVID-19 Business Impact,” May 9, 2022.調査期間は4/29~5/5、回答企業数は121社。
玉井芳野(2022年5月)