『眼鏡の聖地鯖江に巨大黒船来航』

「眼鏡の聖地」を自認する福井県鯖江市ネタの3回目となります。ローカルな話題ですが、地元愛によるものとご容赦ください。さて、世界の眼鏡市場では、廉価品・低中級品は中国製、チタン製を中心とした中高級品やハイブランド品は日本製という住み分けがほぼ出来上がっています。ディスカウント系の眼鏡チェーンのワンプライス商品では、「Made in China」製品がほぼ市場を席捲していますが、品質はマアマアで決して悪くありません。高級素材で加工が難しいチタンの眼鏡も製造できるメーカーも既に中国に存在しています。

実は、現在の日本市場に出ている中国製の眼鏡製造技術については、ほぼ100%鯖江からもたらされた歴史があり、いわゆる「ブーメラン現象」が起きていると言えます。私は1990年代に眼鏡に関わり、実際に2年間上海に進出していた眼鏡会社で働き、現地法人5社の統括責任者をした経験があります。残念ながら現在はもう存在していませんが、1989年に鯖江メーカーとしては最初に合弁で上海に進出したN眼鏡工業で、1993年に大学と合作会社を設立して中国で最初にチタン製の眼鏡を製造した会社です。チタンは特に溶接技術が難しかったのですが、不活性ガスを利用しての新たな溶接技術を当時電圧が不安定な中国で確立しました。今では信じられませんが、工場と日本人寮が嘉定区の大学キャンパス内にあり、眼鏡製造の優秀な人材を多数輩出したので、斯界では「N眼鏡大学」と言われていました。今でも知っている名前が名門「N眼鏡大学」OBとして活躍しているのを聞くと、何やら複雑な気持ちになります。上海ルートはN眼鏡工業、広東ルートは最大手のS社、北京ルートはA眼鏡と、その源流は何れも鯖江のメーカーとなっています。当時を思い出すと、日本で研修した技術者の引き抜きや、幹部の同業者としての独立、材料の横流し、金型や図面の持ち出し等により、決して望んだ訳ではありませんが、結果として中国の眼鏡産業発展には多大な貢献をしています。

「ブーメラン現象」で品質が向上した中国企業の「価格破壊」により日本の産地が疲弊する。眼鏡産業に限った話ではありませんが、その後鯖江産地は「生き残り策」を模索します。チタン素材の高品質化や高いデザイン性に拘り、2003年には業界初の産地統一ブランドの“THE291”(ふくい)を立ち上げ、2013年には業界トップ企業のシャルマン㈱が8年間の研究開発の結果としてエクセレントチタンによる「ラインアート」を販売して大ヒットしました。これによりSABAE」がブランド化し、「Made in Japan」への信頼性が増すことになりました。ことここまで来ると、一周グルッと回って「Made in China」と「Made in Japan」の市場でのそれなりの「住み分け」が成り立っているという状況と言えます。

そんな中、201810月に鯖江に大激震が走ります。前回お伝えしたイタリアの大手眼鏡製造販売のルックスオティカグループLuxottica Group S..Aが鯖江の名門眼鏡メーカー福井めがね工業㈱を買収したとの発表があったのです。ルクスオティカG.は、前年2017年にフランスの大手レンズメーカーのエシロールを約5兆円で買収し、売上高が2兆円にせまる眼鏡業界では「巨人」とも「化物」とも言われている多国籍企業です。現在では、11,000㎡の新規購入した敷地に日本庭園のある第1期新工場を稼働させており、デザインや営業部隊も集中して、引き続き第2期工場設立へと積極的に投資を行っています。産地としては戦々恐々としつつも、色々なお思惑の中で現在は静観している状況にあります。いずれにしても、この巨大黒船来航は、個別企業の問題に留まらず、鯖江産地全体にかかわる「新たな変化」の始まりとなっています。私としては、今後も本件に引き続き関わっていきますが、なぜ今のタイミングでの鯖江進出なのかについては、同社が既に従業員1万人規模の巨大工場を東莞に稼働させているだけに興味が尽きません。

進出を決断した創業者会長の著名なカリスマ経営者レオナルド・デル・ヴェッキオ氏は、以下の通り鯖江産地への賛辞とともに進出理由(同社HPより引用)を述べています。

The acquisition of  Fukui Megane represents a first step for the entry of our Group in the world of Japanese production.  We intent to continue investing recreate a productive pole of excellence in Sabae, in fine with the Luxottica model.  For the first time in the history of eyewear. We will have under the same roof two great artisan schools such as the Italian and the Japanese ones.

また、鯖江駐在のイタリア人トップは「“Made in Japan”の神髄を理解し、体得するのは鯖江で事業展開するのが必要であった」(2021.7.30福井新聞記事)と語り、鯖江ブランドを世界で確立したいと述べています。一方で、買収された側の福井めがね工業㈱の社長は、「巨大な世界一の眼鏡会社が、『鯖江の眼鏡の細部には神が宿っている』と長年培った職人技をリスペクトし、決して飲み込むのではなく、鯖江産地との共存共栄のポリシーであったので買収に応じた。短期的な買収効果重視の中国企業であったら買収に応じなかった」と事前のインタビューで述べています。

「産業集積論」が注目された1980年代後半以降に、鯖江地区の眼鏡産業の集積についても研究されてきましたが、実態としては製造の海外移転が進み、産業集積は縮小して行きました。また、眼鏡業界の昔ながらの労働環境が障害となり、地元若年労働者が業界に定着せず、就業者の高齢化が進んでおり、「暗黙知」としての「匠の技」・「職人技」が消滅する危機に瀕していると言われています。

そのような中で、ルクスオティカG.があえて鯖江に投資する理由として鯖江産地が持つ「a productive pole of excellence in Sabae」の具体的内容については、「形式知」と「暗黙知」の両面からのアプローチによりこれから解明してゆきたいと思っています。世界的な多国籍企業が鯖江に求める「職人技の神髄」と言われる「暗黙知」とはいったい何なのでしょうか?またまた字数オーバーです。この技術移転に関わる「暗黙知」と「形式知」については、次回としたいと思います。

 

【ルクスオティカグループ(Luxottica Group S..A)概要】         

・本社:イタリアミラノ 設立:1961

・売上高14429百万ユーロ(2020@130円換算 18,758億円)

・営業利益452百万ユーロ(2020@130円換算 588億円)

・純利益149百万ユーロ (2020@130円換算 194億円)

Ray-BanPRADACHANELBVLGARI等の世界的ブランドを所有

・世界150ケ国に展開、グループ全体従業員数 80,000

            

福井大学 大橋祐之 (2021年10月)