『8月8日』

行きつけの郵便局。季節の切手の発売日を尋ね、定形外郵便物や海外への郵送費用を安くする方法を相談したりする内に馴染みになりました。きりりとした兼業農家の局長さんから蝗の被害など地元の話題を聞かせてもらうので、時々100円の餡パンを3個(局員は6名ですが、パン屋は14時に一人3個までのタイムセール)届けています。先日も機嫌良く「つまらない話だけど、良いことがあったので」と、前の日のバイクでの帰宅中、一度も赤信号や渋滞に足止めされずに済んだ話をしてくれました。それを聞いて今回のお返しは餡パンではなく、長く机のマットに挟んでいる小さな紙をコピーして届けました。

・・・近ごろ何かイイことないかなぁと思っていた時、こんな中国の古い詩に出合いました。「一日幸福でいたかったら理髪店に行きなさい。一週間幸福でいたかったら結婚しなさい。一ヶ月幸福でいたかったら良い馬を買いなさい。一年幸福でいたかったら新しい家を建てなさい。一生幸福でいたかったら釣りを覚えなさい。」ということで釣りを始めました。幸せです。1998年4月・・・

局長さんから茨木の山間部の古民家で馬を数頭飼っている馬好きがいることを教えてもらいましたが、兼業農家には釣りをしている暇はまだないでしょう。

ビジネス中国語講座では、長年スタートアップに「熱門話題」を取り上げます。その週のHot Topicsを各自が考えてから次の本題に入ります。この春の一例としては、スエズ運河の超大型コンテナ船の座礁事故を起点に、1980年代に普及したコンテナの歴史や供給と需要のバランスが崩れる構造、続いて保険求償の仕組みに進みました。港別のコンテナ取扱い数量(TEU:20Fコンテナ換算)の上位は、シンガポール・釜山・ドバイ以外は中国の港が占めます。米国系統計は、ロスアンジェルス(LA)とロングビーチ(LB)を合算した数字で第8位あたりに入賞させています。京浜は20位ぎりぎり、阪神は合算しても30位に入るのがやっとです。アジアから米国西海岸への40Fコンテナ運賃が春に4000ドル、7月には6000ドル前後まで上昇して、空コンテナの奪い合いや上昇したコストを誰が負担するかの係争が起こりました。

そんなTopicsから少し距離を置いた学生が「最近、中国では平族に共感を寄せる人がいるらしい」と伝えてきました。「寝そべり族」という流行語になる前だったのでユニークでした。

字典には「」は身体横倒・平とあり、「躺着吃」(何もしなくても喰うに困らない)という用例も。また、2011年版「現代漢語詞典」には、「倒不干」:比喩的に消極的な怠工(サボタージュ)と書かれています。元々の語感としては「下定决心,不怕牺牲,排除万难,去争取胜利」、犠牲をおそれず、万難を排す奮闘精神から距離を置き、「山を移すのは愚行だ」とばかり、寝転んでいれば倒れないという戯れ歌が受けて波及したようです。

国家支給の社宅を安価に買い取り、転売を繰り返して蓄財をした一部の人がいた反面、高騰したマンションは買えず、カタツムリのような狭い部屋で暮らす人々を描いた小説『蝸居』の世界がありました。車も家も準備できないが内実を重視した結婚を志向した『裸婚』、大学は出たけれど思うような職に就けず郊外の地下室に群居する『蟻族』など、その時々に社会の矛盾を映す鏡のような動きや流行語が伝わりました。今回の『族』には当局は早速反応しています。

『蝸居』で幸福な『裸婚』をし、『蟻族』も帰郷して村役場で働いているかも知れませんが、その時の庶民には貧しくとも健気に努力していた印象があります。それから10年、20年過ぎた世代には「平」していても明日の生活には直ぐに困らない印象が残ります。

米国の小説『ヒルビリーエレジー』のプア・ホワイトや、日本の氷河期NEET世代にも通じるのは「親の世代のような、成長・成功は望めない」という点です。中国でも半周遅れで成長や成功を第一義目標としてきた世代が次世代とのリレーゾーンに入っています。どうすれば環境や働き方を重視する人たちへバトンを渡せるかよく考えたいと思います。

直下型の地震や台風で傷んだ家を建て直して、仮住まいから再入居したのが昨年の8月8日でした。上海や横浜を繋いできた朝顔が二年ぶりによく咲きました。家に居て「平族」だった一年が幸福だったか?寝転んで考えてみます。

井上邦久(2021年8月)