【多余的話】『銅博士』

大阪大学中之島芸術センターで『中之島デリバティブⅢ』(作・演出:林慎一郎)を観劇し「参加」した。劇中、センターを出て、夜の中之島を演者や観客といっしょにウロウロさせられ、手旗信号の指南まで受けたので「参加」と少し大げさに書いて良いだろう。
ウロウロした場所は幕末まで全国各藩の蔵屋敷が並んだ場所で、「ここは豊前中津藩の蔵屋敷が所在し、福沢諭吉の父が働いていた場所です」といった説明もあった。
劇作家の意図は近世江戸期の大坂米相場の先物相場からの着想による未来とのデリバティブ的遊戯、と案内書にあった。手旗信号も当日の米相場を各地へ伝える手段であったことに因むようだった。
前衛的な構成や演出のおかげで頭の中までウロウロしてしまい、色々と妄想が膨らみ記憶が甦ることになった。
リーマンショックの直後に中国へ赴任して、「大変な時にご苦労だね」と周りの人から言われた。当人は「滅多にない体験ができる」「最悪の経済環境からスタートすれば、あとはプラスだけ」と考えていた。そんな時にJETROの方の訪問取材があり「中国経済の見通し」について意見交換をさせて貰った。無謀にも「悲観的でない」と明言し、その根拠としてウレタン原料の荷動きについて話した。
ウレタンは発泡させて建材や家具、繊維製品の素材、シューズ、タイヤ、車輛座席のクッション、接着剤、ゴルフボール、家電など実に多くの日用品に使われている。便利な化学品ではあるけれど、発火しやすく、発泡加工された製品はおおむね嵩張るので長期在庫には不向きという弱点がある。その為、原料調達は実需か数ヶ月先の見通しに拠って判断されることが多い。ウレタン原料の荷動きからは、各産業分野の近未来の実需動向が推測できていて、見通しについて楽観的、積極的な私見を語ったことを思い出す。
景気動向を判断するためには「ドクターカッパー」の愛称がある銅、海上運賃動向を示す「バルチック海運指数」などの指標が知られている。ただ、伝統的・国際的そして投機的な要素が窺える指標の分析把握は手に余った。身近な中国国内のウレタン原料の動向で、化学品・繊維・自動車などの客先動向を推測することが多くあり、その見通しの確度も比較的高かったような気がする。
取材当時は世界的にリーマンショックの後遺症が蔓延し、中国の先行きにも疑問符が添えられる論調も多くあったと記憶する。その渦中での「悲観的でない私見」がJETRO経由で広く伝播された。その後、中国政府からの過大な財政出動効果もあって景気の悪化が回避された。中国での業績も順調に推移して「問題発言」にならずに済み、事なきを得た。
銅について思い出すことがある。限定的な銅生産国であるチリに中国製車輛を輸出する部門を兼務していた頃、担当部長から銅相場が上昇するとチリの景気が刺激されて、中国からの自動車輸入が活発になると聞かされた。銅の消費国としては中国が群を抜いているので、中国の銅需要の増減を見ながら、チリ向けの中国車輸出の見通しを検討するという国際経済の循環をリアルに体感していた。
中国の不動産開発分野の不調が続き、経済全体への影響が喧伝されて久しい。不動産開発の「健全化」にはまだ時間がかかるだろう。ただ中国経済は不動産開発だけで成り立っているわけでもないし、悪影響を受けない産業も数多あると思う。特に中央直轄の国有企業及び国有系企業が中核を占める産業(金融・通信・輸送・送配電・宇宙・軍需・石油石化など)にも関心を寄せるべきであろう。最近、銅価格上昇の気配があるとかの情報を基に中国経済は底を打った云々の言説も眼にする。「銅博士」も多忙のようだ。ただ、一面的な傾向だけで判断できるほど中国そして世界は単純ではないだろう。
中国そして世界をコツコツと知るための自主トレ的セミナーのThink Asia Seminar(TAS.旧華人研。http://www.kajinken.jp)について本年下期の報告と予告をさせていただきます。
7月に山東省維坊市在住の経営学研究者を招請して、東アジアの家族企業の継承についての実態と課題を教えて貰いました。
9月は住友家の銅から始まる家業の継承の歴史と遺産について。
10月は大和郡山市の酒造家によるイノベーション(中国での清酒造り・日本での清酒文化の継承)と続き、三ヶ月にわたり「家族企業とその継承」が通底するテーマでした。
11月は初めての屋外開催を企画して、大阪環状線玉造駅が最寄りとなる「旧真田山陸軍墓地」で、戊辰戦争以来の墓地保存記録から見えてくる歴史を学んでから実地見学をするプランを準備中です。
2025年1月には敗戦後の中国で「留用」体験を長期にされた方に、「留用」の解説と考察をお話して頂くことになっています。
年を跨いで戦争に関するリアルな報告が続きます。
その後は少し視野を拡げて、フィリピン・アフガン・上海・ベトナム・そして韓国に精通され、活動を継続している方々に登壇して頂き、名実ともにアジアを考えるセミナーにしていければ幸いです。

(井上邦久 2024年10月)

セミナーのご案内
■開催日   :2024年11月9日(土)午後 2時~4時
■講演タイトル: 旧真田山陸軍墓地で知る「軍都大阪夢乃跡」
■話題提供者 :小田康徳氏
■参加費   :一般2000円/学生500円
■申込方法  :sec@kajinken.jp
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