【北京の二十四節気】白露-中国鉄道博物館(その壱)-

9 08 2018

白露-中国鉄道博物館(その壱)(201898日 天気 晴れ 最高気温 28℃、最低気温 17


これでも私はちゃんと仕事をしていまして、今年の9月は本当に本業が忙しくなりました。それを見かねた日中経済協会北京事務所電力室長の眞田晃氏が助っ人を買って出ていただきました。眞田氏は自他共に認める『テッチャン』(鉄道マニア)です。それでは、日本のテッチャンからみた中国の鉄道にまつわる話を、今回と次回(秋分)の2回続けて紹介いただきますので、皆様、お楽しみ下さい。

(谷崎)

 

ピンチヒッター役を仰せつかった眞田と申します。谷崎さんからご紹介いただいたように、本業は電力分野での中国ウォッチと交流プログラムを担当していますが、しばし鉄道の話にお付き合いいただきたいと思います。

最新の中国の鉄道事情については、昨年11月に谷崎さんが“高鉄(新幹線)”を紹介していますので、眞田からは歴史を遡った話題を提供したいと思います。

中国の鉄道の歴史に触れるという意味では北京に好適な場所があります。中国通の読者の皆様であれば、北京の中心、前門のそばに“中国鉄道博物館”という時代を感じさせる建物があるのをご存知でしょう。

この建物の正面、アーチ屋根の部分には、“站車東門陽正路鐡奉京”とあります。これから判るように、この建物は、北京からかつての奉天(現瀋陽)に至る京奉鐵路の始発駅でした。

 

中国鉄道博物館(正陽門展館)前面とアーチ部の拡大

 

先ずこの駅について紹介しますと、1903年に建設が開始され、1906年に完成し、“正陽門東車站”と呼ばれました。英国人による設計だそうです。この駅の位置は、北京の表玄関ともいえるもの。数多くの要人が乗降し、また重大事件の現場ともなっています。孫中山先生(孫文)も何度か乗降していますが、1924年(民國13年)12月、北上宣言の後の北京到着もこの駅でした。3万人の市民が出迎えたと言い伝えられています。ただ、明けて19253月、孫中山先生は北京で亡くなります。南京での葬儀に向け、棺を載せた列車もこの駅から出ています。

なお、前門をはさんで西側には、漢口(現武漢市の一部)に向かう京漢鐵路の起点“正陽門西站”が先に建てられていました。“西站”は当時の写真を見ると“東站”に比べて簡素な造りで、その遺構は残っていないようです。

時代は下って、1938年から1945年の間は、旧南滿洲鐡道(満鉄)のグループ会社である華北交通の京山線(北京-山海關:華北交通は、北は長城、南は長江の間の地域の交通を担当)の始発駅となり、“北京驛”となりました。

華北交通の看板列車“大陸”および“興亞”(ともに北京-釜山)は、当駅を始発・終着としていました。1940年当時の時刻表をみると、“大陸”は、朝750分に北京を出発し、山海關から滿洲に入り、奉天(現瀋陽)、安東(現丹東)を経て、新義州から鮮鉄(朝鮮總督府鐡道)区間となり京城(現ソウル)などに停車して、翌日夜950分に釜山(プサン)棧橋に到着します。日本に向かう乗客はここで關釜連絡船に乗り換え、翌日朝7時過ぎに下關到着。接続する急行列車に乗り継げば、さらに翌日朝730分に東京驛に到着することが出来ました。途中車船内で3泊、72時間弱を要する長旅でした。

1949年の中華人民共和国成立後は“北京站”となりました。中国共産党の要人もこの駅を利用しています。毛沢東は1949年の秋にはこの駅で宋慶齡を出迎え、同年12月のソ連訪問はこの駅から出発しています。キム・イルソン(金日成)やホー・チミン(胡志明)の訪中の際、北京到着はこの駅だったそうです。しかし1959年に至り、現在の“北京站”の開業をもって駅としての使用は終了しています。1960年代後半には、地下鉄2号線(環状線)工事のため、時計台より北側(天安門寄り)の部分が取り壊され、時計台の南側に同じ様式の建物が再建されました。

再建後は劇場などとして使われていましたが、1990年代には商業施設となりました。2005年に至り、北京市は博物館とすることを決定し、改修工事を行いました。そして、201010月に現在の中国鉄道博物館としてオープンしています。

 

開業当初の写真

 

この写真は、博物館内に展示されているパネルを撮影したものでボケていますが、当初アーチ屋根は時計台の左(北)側にあり、再建後は反対側に移っているのがお分かりいただけると思います。なお、鮮明な写真は、次のWebページをご覧ください。

Wikipedia“正陽門東站” https://zh.wikipedia.org/wiki/正陽門東站

 

それでは、博物館の中に入り、主要な展示物について紹介したいと思います。ちなみに入場料は、大人20元です。60歳以上であれば外国人でも『老人』といって入口でパスポートを提示すれば無料で入館できます。

 

博物館エントランスにあるレリーフ

 

エントランスのレリーフは、中華人民共和国の鉄道の歴史を右から順に象徴的な駅と車両で表しています。

右は、この博物館になっている旧北京站を背景に、1957年から中国国内で製造された建設型蒸気機関車となっています。

中央は、1959年開業の現北京站をバックにした、1974年製造開始の東風4型ディーゼル機関車です。

左は、20088月に改築成った北京南站と、これと同時に運行を開始した和諧号と呼ばれる高鉄CRH3型電車となっています。

 

博物館1階での少年少女向け鉄道教室

 

この博物館に取材に行ったのは日曜日でしたが、1階中央のスペースでは、少年少女向けの鉄道教室が行われていました。鉄道マンOBと思われる初老のオジさんが、熱弁をふるっていました。中国の博物館らしいひとコマです。

 

博物館の1階は中国の鉄道の黎明期から改革開放が始まる前までの歴史を紹介しています。スペースの関係からか、車両は“中國火箭(ロケット)號”と称する初期の蒸気機関車のハリボテがあるだけで、実物は展示されていません。

中国の鉄道こと始めの展示から順に見ていき1930年代になると、日本が深く関係した時代の展示もあります。この中では、旧南滿洲鐡道(満鉄)関係の展示物で、同社の株券や新京(現長春)驛の発着時刻表が目を引きます。

 

満鉄の株券

 

株券の下部中央に蒸気機関車に牽引された列車の絵がありますが、これが有名な特別急行列車“あじあ”です。先頭は、12両製造された“パシナ”型のラストナンバー、981號機關車です。なぜ981號と特定できるかというと、この1両だけが流線形の先頭部分のデザインが違っているからなのですが、これ以上書き出すと止まらなくなるので、このあたりにしておきます。

 

新京驛發着汽車時間表(かつては“時刻表”でなく“時間表”が一般に使われていました)

 

これは、当時新京の曙町というところにあった森自轉(転)車商會が配ったものです。何時のものか表示がありませんが、発着する優等列車の名称・行先などから、昭和13年から14年にかけて(1938~39年)のものと推定できます。

列車名を見ると、大連-哈爾濱(ハルビン)間を走っていた“あじあ”のほかに、大連-新京間の“はと”、釜山-新京間の“ひかり”があります。面白いことに、この頃釜山-奉天間を走っていた列車が、なんと“のぞみ”なのです。“ひかり”と“のぞみ”のそろい踏みは、この頃すでにあったということになります。

 

博物館の2階は、改革開放以降(1978年~)、現在に至る中国鉄道の近代化の歩みについての展示となります。

新線建設、高速鉄道などの車両開発、各種関連技術開発などについて、パネル、模型や一部実物を展示して紹介しています。

 

和諧号CRH3型高鉄電車と和諧型HXD3B高出力電気機関車が牽引する石炭輸送列車の1/10模型

 

ほかに目を引く展示としては、西藏自治区ラサに至る青蔵鉄道の建設工事に関係するものがあります。200671日に盛大に挙行された開通式典で胡錦涛国家主席がテープカットに使った金色のハサミが展示されています。

 

青蔵鉄道開通式典でテープカットで使われた金色のハサミ

 

実際のテープカットなど、青蔵鉄道開通式典の写真は、中国中央電視台(CCTV)の次のサイトで見ることができます。

http://news.cctv.com/china/20060701/108306.shtml

 

博物館の3階は、3D映像シアター(別途料金必要)と特設展示のスペースとなっています。下見をした8月中旬は、鉄道写真家による写真展が行われていました。

 

博物館の地下1階には、いくつものジオラマと駅や橋などの模型が展示されています。

 

 

 

険しさがよく判る青蔵鉄道のジオラマ模型


 

南京大勝関長江大橋の模型(2009年に完成した長江を跨ぐ高速鉄道を含む6線の鉄道橋)

 

最後に、京奉鐵路の遺構が残る場所があるのでご紹介します。

博物館から東に2kmちょっと、現在の北京站の南側、東西に走る城壁が残る北京明城墻遺址公園(入場料不要)の中に、京奉鐵路信號所の建物と線路が残されています。

 

北京明城墻遺址公園の中に残る京奉鐵路信号所の建物と線路

 

この信号所は、説明プレートによれば、正陽門東車站への鉄道延伸の際にあわせて造られたもので、線路はこの公園の整備工事の際に発見されたとなっています。

 

以上、中国の鉄道の歴史の一端を紹介させていただきました。この記事をお読みになり、あるいは実際に現地に足を運ばれ、歴史上の人物や数多の日中間の交流・ビジネスに携わった先達が通ったルートに思いをはせていただければ幸いです。

 

なお、北京にはもう一つ、市街地の北東、首都空港手前に多くの実物車両を展示した広大な鉄道博物館があります。次回は、ここに展示されている歴史的な車両について紹介したいと思っております。

 

文・写真=日中経済協会北京事務所電力室 眞田 晃



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★本コラムについてはこちらから→【新コラム・北京の二十四節気】-空竹-

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2016年掲載分



 








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